そんな……、嘘だと言ってください
私はスウだ。私には今、悩みがある。
それは彼氏のタカシがなかなか会ってくれないことだ。デートの約束をしても毎回ドタキャンされるのだ。今日もドタキャンされてしまい、私は一人で街を歩いていた。すると、一人の男性に声をかけられた。
「ねえ君可愛いね」
ナンパかと思いきやそうではなかった。彼はこの辺りに土地勘がないらしく道案内をして欲しかったようだ。
「僕、東京初めてでさ。どこに行けばいいのか分からないんだよね。良かったら教えてくれないかな?」
私は親切心から彼に道を教えることにした。しかし、彼はなかなか理解できなかったようで、何度も同じことを訊いてきた。その度に私が丁寧に説明してあげるのだが、それでもまだ分からなかったみたいだった。
「あの……すみません。もうちょっと詳しくお願いします」
流石にイラっときた。これでもかなり分かりやすく説明したつもりなのだ。これ以上はどうしようもないと諦めかけたその時――。
「あー! ここだよ!」
やっと分かったようだ。正直言ってホッとした。これで解放されると安堵していると、彼がとんでもない事を言い出した。
「ねえ、せっかくだからお茶しない? 奢るよ」
何を言っているんだと思った。確かに彼のことはイケメンだとは思うけど、別にタイプではないし、そもそも会ったばかりの人にいきなりそんなことを提案するなんてどうかしていると思う。断ろうとした時、私のスマホが鳴った。タカシからの電話だった。迷わず出ようとした瞬間、目の前にいた男が私の手を掴んだ。
「えっ!? ちょっ……何するんですか!?」
抵抗したが振り解けない。そのまま強引に引っ張られそうになったその時、後ろから声をかけられた。
「おい待てよ」
男は振り返ると少し不機嫌そうな顔になった。そこにはタカシがいた。
「なんだお前。邪魔すんなよ」
「その子は俺の彼女だ。離せよ」
タカシの言葉を聞いた途端、男の顔色が変わった。
「ああ!? ふざけんじゃねぇぞ!! てめぇみたいな冴えない奴より俺の方が絶対いいだろうが!!」
そう言って走って逃げて行った。
「大丈夫かスウ?」
「う、うん……。ありがとう……」
その後、私たちは近くのカフェに入った。そこで私はさっきの出来事について話した。すると、タカシは申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんな。もっと早く助けに行ってあげられなくて」
「そ、そんな! 悪いのはあいつの方だし気にしないで!」
実際、タカシはすぐに来てくれたのだ。むしろ感謝したいくらいである。
「それにしてもあんなチャラついた奴もいるんだなぁ」
「そうだね。私もビックリしちゃったよ、 タカシがいてくれなかったら危なかったかも!」
それからしばらく雑談をしていると、ふと気になったことを聞いてみた。
「そういえばなんで今日会えなかったの? 何か用事でもあったの?」
「実はお金がなくて行けなかったんだ」
なるほど。そういうことだったのか。確かにタカシはあまりお金を持っていないらしい。私に会うために頑張っていたとは知らなかった。嬉しい気持ちになりながらタカシの話を聞くことにした。
「それでさ、明日バイト代が入る予定だから久しぶりに二人で出かけないか?」
デートのお誘いだった。断る理由などあるはずがなかった。
「もちろん行くよ!」
こうして私たちは明日に待ち合わせ場所を決めると解散することになった。別れ際にタカシが言った。
「じゃあまた明日ね!」
「うん! ばいばーい!」
次の日、約束の時間になってもタカシの姿はなかった。いつもなら先に待っているはずの時間なのにおかしいと思って電話を掛けると、すぐに繋がった。
『もしもし』
「あっ! もしもし? 今どこにいるの? ずっと待ってるんだけど!」
『……』
「ねえ! 聞いてるの!? ねえ!」
いくら呼びかけても反応がない。まさか事故にあったんじゃないかと思い、そして必死に探し回ったのだが見つからなかった。結局この日は諦めることになってしまった。
翌日もタカシは現れなかった。昨日から何も連絡がないのだ。心配になって家まで行ってみることにした。インターホンを押したが誰も出てこない。やはり留守のようだった。しかし、ドアノブに手をかけると鍵がかかっていなかった。不用心だと思いつつ中に入ると部屋の電気がついたままだった。まるで誰かがいるみたいだった。恐る恐る部屋に入ってみると、そこには倒れているタカシがいた。
「タカシ!?」
すぐに駆け寄ったが既に息絶えていた。どうしてこんなことになったのか全く分からなかった。その時、テーブルの上に一枚の手紙が置かれていることに気が付いた。そこにはこう書かれていた。
【ごめんなさい】
一体どういう意味なのか分からなかったが、きっと深い事情があったに違いない。とりあえず警察に通報することにした。警察が来るまでの間、私は彼の亡骸と共に過ごした。それからしばらくして警察はやって来た。事情聴取を受けたが特にやましいことはなかったため、すぐに解放された。しかし、このままではいけないと思い、彼の実家に連絡を取った。
彼の両親はとても優しく接してくれたが、彼の遺体を見た途端に泣き崩れてしまった。私はかける言葉を見つけることができなかった。その後、お通夜とお葬式が行われた。彼は多くの人に見守られながら天国へと旅立っていった。私はその光景を眺めていることしかできなかった。
彼が亡くなってから数日が経ったある日のこと、私は彼が住んでいたアパートの部屋を訪れた。両親と一緒に遺品を整理しに来たのだ。部屋の中を見渡すと、あるものを見つけた。それは写真立てだった。中には私たちの写真が入っていた。彼と初めて出会った時のものだ。懐かしく思いながらも手に取って見ていると裏側に何か書いてあったことに気づいた。そこにはメッセージのようなものが残されていた。それを読んだ時、思わず涙が出そうになった。【今までありがとう】
そこにはそれだけ書かれていた。きっと彼はこのメッセージを遺してこの世を去ったのだろう。私は何も言えなかった。でも、せめてこれだけは伝えようと口を開いた。
「……こちらこそ、本当にありがとね」
私の声は彼に届いただろうか。もう分からない。それでも私はいつまでも言い続けるだろう。
「大好きだよ、タカシ……」
