恐怖のガトーショコラ
私はスウ。今日はバイト先の店長に頼まれて、お店の宣伝をすることになったの! 宣伝って何すればいいのかわからないけど……とにかく頑張るわよ!!
「いらっしゃいませっ!!」
今日もたくさんのお客様がやってくる。
このお店には美味しいケーキがあるから、女性客が多いのよね。
男性客がいないわけじゃないんだけど、なかなか声をかけづらいみたいで……
「あのぉ……」
あら? 今、男性のお客様が話しかけてきたわね! チャンスだわっ!
「はい! なんでしょう?」
私が満面の笑顔で答えると、その男性は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。「えっと……この店のオススメとかありますか?」
やっぱり男性でも甘いものは好きなのね! ここはしっかりアピールしておかないと!
「はい! 当店一番人気のガトーショコラがオススメです!」
「へぇーそうなんですねぇ」
やったぁ! 興味を持ってくれたみたい! これならきっと買ってくれるはず!
「じゃあそれを一つください」
「ありがとうございますっ!」
やったわ! ついに私にも営業スマイル以外の表情ができる日が来たのね!! 心の中でガッツポーズをしながら、ショーケースの中からガトーショコラを取り出した。
「こちらになります。熱いので気をつけて下さいね」
「どうも……んぐっ!?」
突然、男性が苦しそうに胸を押さえ始めた。
そしてそのまま倒れ込んでしまった。「きゃあああっ!?」
店内にいた他のお客さん達が悲鳴を上げる中、私は慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
返事がない……これはまさか……
「救急車を呼んでください!! 早くっ!!!」
「はいっ!!」
店員さんに声をかけると、すぐに電話をしに行ってくれた。
よかった……とりあえずこれで安心ね……。
ホッとした瞬間、急に強い眠気が襲ってきた。
あれ……どうしてこんなに眠いんだろう……? 私の意識はそのまま遠のいて行った。◆
「……うぅ……」
どれくらい寝ていたんだろう……頭が痛いわ……それに身体が動かない……
目を覚ました時、まず感じたのは激しい頭痛だった。
起き上がろうとすると全身に痛みを感じて動けない。
なんとか首だけ動かしてみると、そこは病院のような場所だった。
ベッドの上にいるようだけれど……一体何があったのかしら……? 自分の身に何が起こったのか思い出そうとした時、病室の扉が開いた。
「あ、起きたんですね」
入ってきたのは白衣を着た若い女性だった。
眼鏡をかけており、優しげな笑みを浮かべている。
年齢は20代後半といったところだろうか。
「気分はいかがですか?」
彼女は微笑みながら尋ねてくる。
しかし今の私はそれどころではなかった。
頭の中に霞がかかったようにぼんやりとしていて、うまく思考することができないのだ。
ただ、なぜかこの女性がとても恐ろしい存在のように思えて仕方がなかった。
「ふむ……まだ完全に目が覚めたわけではないようですね」
彼女の手がゆっくりと伸びてきて、優しく頬に触れられる。
「ひっ!?」
触れられた途端、得体の知れないものに襲われたような恐怖を感じた。怖い……恐い……こわい……
本能的な嫌悪感に襲われて思わず叫んでしまう。
「嫌ぁっ!!!!」
「落ち着いてください! 大丈夫ですよ!」
大きな声で叫ぶと、彼女が慌てた様子で肩に手を置いてきた。
それでも震えは止まらない。「いやっ! はなしてくださいぃ!」
必死に抵抗するものの、やはり全く力が入らない。
そんな様子を見かねてか、彼女は私を強く抱きしめてきた。「ひゃうんっ♡」
温かい感触に包まれて一瞬にして脱力してしまう。
同時に頭の中にあったモヤのようなものも晴れていく感覚を覚えた。
「落ち着いたみたいですね」
「はい……あの……」
先ほどまでの不安は完全に消え去っていた。
むしろ心地良い温かさを感じることで安堵すら覚える程だ。
「あなたは何者なんですか?」
「私はこの病院で働いている医者です」
「そうですか……助けてくれてありがとうございました」
私がそう言うと、彼女は少し照れ臭そうに頭を掻いた。
「いえ、困っている人を助けるのが仕事ですから」
「優しいんですね」
「当然のことです」
「ところで、どうして私はここに?」
「それは……」
話を聞くと、どうやら私は店の外で倒れていたらしい。
そこに通りかかったこの人が救急車を呼び、ここまで運んでくれたのだという。その話を聞いた時、自分が何をしたのかを思い出して血の気が引いた。
そうだ……男性客が倒れてその後私も倒れたんだわ。
「あの……その男性の方の様子は?」
「残念ながら……」
「そうですか……」
「あなたはもう大丈夫よ」
「ありがとうございます」
「気にしないでください。ではそろそろ失礼しますね」
「あ、待ってください!」
立ち去ろうとした彼女を引き止める。
どうしても聞いておきたいことがあったからだ。
「なんでしょうか?」
「あの……一つだけ質問してもいいですか?」
「えぇ構いませんよ」
「私のこと……どう思いますか?」
「え?」
予想外の言葉だったのか、きょとんとしている。
無理もないわね……いきなりこんなことを言われたんだもの。
でも、これだけははっきりさせておかないと……
「変なことを聞いてすいませんでした。答えなくてもいいですよ」
「……」
黙り込んでしまった。やっぱり聞くべきじゃなかったかな……
でも……私は知りたかった。
「すごく綺麗だと思いました」
「本当ですか!?」
「はい」
やった! 初めて褒められた! 嬉しくなってつい笑顔になってしまう。
「あの……また来ても良いですか?」
「ここは病院よ、もう来ないで。それがあなたにとっての幸せなの」
「あははっ、そうでしたね」
「冗談よ。いつでも歓迎するわ」
そう言って微笑んでくれた。よかった……これで安心ね……。
「それではお大事に」
「はい、本当にありがとうございました」
彼女は部屋を出ていった。私はそれを見届けると再び眠りについた。
翌日、退院するとすぐに店に向かった。
昨日のお礼をするためにケーキを持っていこうと思ったのだ。
しかし、扉を開けようとした時、中から声が聞こえてきた。
『だから言ったじゃない! あのケーキは変な匂いがするって』
『そんなこと言ったって、見た目は普通だったんですよ!』
『確かに一見しただけではわからないかもしれないけど……あれは間違いなく毒入りだ。』
『うぅ……』
どういうこと? まさか……あの男性が死んでしまったのは……
私は慌てて店内に入り、店員さんに声をかけた。
「あの……何かあったんですか?」
「あぁ、実は……」
店員さんの話によると、男性客が突然苦しみだしたという。
そしてしばらくした後、泡を吹きながら息絶えてしまったというのだ。
私はその場に崩れ落ちた。
どうして……あんなに美味しいお菓子を作っていたのに……
「それで、あなたが出したケーキなんだけど……」
「……?」
店員さんが指さしたのは例のガトーショコラだった。
「これを食べてから彼がおかしくなったみたいなのよね」
「そんな……」
「それに、これを作ったパティシエも急に連絡が取れなくなってしまって……」
「……えっ?」
「なんでも、行方不明になったとかなんとか……」
「……っ!?」
背筋が凍るような感覚に襲われた。
「まぁ、警察には連絡してあるからそのうち見つかるとは思うけど……」
「……」
「あなたも気をつけてね」
「はい……」
それだけ言い残して、彼女はその場を離れた。
私はしばらくの間呆然としていたが、やがて立ち上がり店を後にした。
あの後、警察が来たけれど何もわからなかったらしい。
それからしばらくしてパティシエは見つかったものの、すでに死んでいたとのことだった。死因は窒息死。顔には大量のクリームの跡があったという。
一体何があったのかしら……
私は怖くてそれ以上調べることをやめた。
きっとケーキを口にしてしまったに違いないわ。
ケーキ屋のバイトはもう止めた。
あそこで働いていたらいつか私も死んでしまうような気がしたからだ。
それでも私はお菓子を作る。
私が作るのは甘くて素敵なスイーツたち。
だってこれは私がみんなに食べてもらうためのものなんだから。
そして立派なうんこを出してもらうんだ。
