『リングリングリング』は、見る者に“ただ可笑しい”以上の違和感を残しながら、じわじわと不安や緊張を増幅させていくタイプの作品だと感じられます。題名から連想される反復(リングが何度も鳴り続けるような感覚、同じ出来事が循環してしまう感覚)は、物語の構造や演出のあり方そのものを象徴しているようにも見えます。つまりこの作品は、単発の出来事が積み重なるというより、「同じことが繰り返されることで世界の意味が変質していく」タイプの恐さを扱っているのではないでしょうか。
まず興味深いのは、この作品が“終わるはずのものが終わらない”という感覚を強く印象づけてくる点です。リングという音や合図は、現実なら「次の段階へ移るための合図」に近いはずです。ところが反復が過剰になり、合図がただ鳴り続けると、それは合図ではなく呪いのような“状態”に変わっていきます。何かが進行しているのではなく、状況そのものが固定されてしまう。そうなると、登場人物がどれだけ努力しても状況が回収されず、むしろ理解しようとするほど出口が遠のくような気配が生まれます。この「理解が解決に繋がらない」感覚は、作品の不気味さを支える核になっていると思われます。
次に注目したいのが、恐さが“外側”から来るというより、“内側”へじわじわ侵入してくるように描かれていることです。ホラーやミステリーでよくあるのは、目に見える脅威がまず立ち上がって、それに対処するために情報が必要になるという構図です。しかし『リングリングリング』の雰囲気は、脅威が最初から明確に提示されるというより、こちらの認知のあり方、注意の向け方、期待の置き方に不都合を生じさせる方向に進んでいるように思えます。つまり、怖いのは「何が起きているか」だけではなく、「なぜそれを見誤るのか」「なぜ気づいても抜け出せないのか」という心理のほうです。反復が繰り返されるほど、人はパターンを見つけようとします。ところがそのパターンが罠だとしたら、努力はかえって“正解に見える誤り”を強固にしてしまう。そんな悪循環が起こると、恐怖は物理的なものを超えて、精神の運用そのものを脅かす領域に入り込んでくるのです。
また、題名の「リングリングリング」が持つリズムは、時間の進み方を読者や視聴者の感覚に介入させます。人は音や反復に対して、ある種の予測を自動的に行います。次はこうなるだろう、ここで変化があるはずだ、という期待を持ってしまう。ところが作品がその期待を裏切るか、あるいは期待通りに見える形で別の意味を混ぜてくると、私たちは“予測して安全を確かめる”手続きを失っていきます。安心のための予測が、逆に不安の燃料になる。ここが巧妙で、同じような出来事に見えても、観客側の理解が積み上がるどころか、積み上げた理解が別の角度から崩されていく感じがあります。恐怖は、暴力的に襲うというより、観客の思考の習慣を揺さぶる形で生成されるのです。
さらに、この作品が興味深いのは、“繰り返し”が単なる演出上の都合ではなく、テーマとして機能しているように見えるところです。繰り返しには、学習や救済の可能性もあります。失敗から学んで成長するための反復、やり直しによって改善する反復。ですが『リングリングリング』の反復は、その希望的なニュアンスよりも、むしろ「逃げるほど深くなる」性質を帯びているように感じられます。繰り返しのなかにいると、時間は流れなくなるか、流れているのに“同じ場所に留まる”ような錯覚が生まれます。ここで恐いのは、現実感が薄れていくことです。現実感が薄れると、人は判断の基準を失い、正しさが曖昧になります。曖昧さが増えたとき、倫理や責任感まで溶けてしまう危険がある。繰り返しは単に怖いだけでなく、人が人であるための足場を削り取っていく現象として働くのかもしれません。
このように『リングリングリング』は、反復という形式を通じて、恐怖を“出来事”ではなく“状態”として提示している作品だと考えられます。何度も鳴り続ける合図は、終わりのないゲームの開始に似ています。参加者が勝敗を決める以前に、ルールそのものが観客の感覚を侵食していく。だからこそ、見終わった後も「自分は何を見誤ったのだろう」「次に気づけるのか、それとも気づいても意味がないのか」といった疑問が残り続けます。恐怖が“解決の外側”にとどまり、観客を完全に着地させない。その余韻こそが、この作品の魅力であり、そして不気味さの正体なのではないでしょうか。
結局のところ『リングリングリング』を「怖い」と感じる理由は、単に驚かされるからではありません。反復によって、思考の安心装置が壊れていくからです。予測して、確かめて、整理して、納得する――その一連の流れが成立しにくい世界で、私たちは自分の認知に潜む弱さを突きつけられます。リングが鳴り続ける限り、終わりが訪れない。終わりが訪れない限り、意味が固定されない。意味が固定されない限り、恐怖は“物語のなか”から“心のなか”へ移動していきます。『リングリングリングリング』という題名に込められた反復の圧は、まさにそうした侵入感を、最初から最後まで体験させるための装置になっているように思われます。